(2)

　大学に入って、二ヵ月ほど経った。
　入学以来、がむしゃらに生活してきたせいか、周りの景色にだいぶ疎くなっていた。それでも梅雨の時期に入って、足下の水たまりに自然と歩くスピードが落とされてくると、退屈な視線がわき道をうろつく。そこには、水滴のついた草花たちが、首を傾げていた。
　今の時期、独特のじめじめした空気が、辺りのコントラストを妙に強くしていた。そのピリピリした雰囲気に、考え事をしていた僕も、ハッとさせられた。
　気がつくとふと、例のテレパシーのことを思い出していた。もし、まだそのテレパシーが使えるものなら使いたい…そう思っていた。
　何年か振りに僕の心に沸き上がった恋愛感情。その恋がうまく実るためには、テレパシーを使えたほうが絶対有利だった。
　こんな気持ちは、本当に久々だった。かれこれ四年近くも女の子を好きになることができなかったのだから。その理由は、失恋…といえば簡単なのだが、中三の僕には少々キツい失恋だった。彼女しかいないと思い、さらに彼女とは必ずうまくいくとさえ思っていた。思い込みと浅はかさと早とちりと…いろんなことが絡み合ってたんだな、と今になって思う。もちろんその頃は、自分の思いどおりにならなかったことが一番ショックだったのだろう。
　そして今。大学という、この、高校にはなかった一種の解放感のようなものが僕の心を後押ししたのかもしれない。昔のことが尾を引いてまだ少し臆病さが残っていたが、それを都合よく慎重さであると言い聞かせながらいろいろと画策し始めていた。
　想いを寄せる相手は、中沢幸恵という。彼女とはクラスが同じなので、一緒になる授業もいくつかあった。そのへんは幸運なのだが、逆に不運な要素もあった。既に彼女と親しげに話をしている男がいたのだ。そいつも同じクラスだけに、気にせずにはいられなかった。
　とにかく、僕は彼女と話ができる程度に近い存在になる必要があった。そのため、彼女が普段考えてることを知りたかった、というわけである。
　ところで、僕が持っているテレパシーがどの程度使えるものなのか、ある日実験をしてみた。ひとまず目の前に座っている人を使って、いろいろと試してみた。
　その結果、どうやら相手の考えてることは読めそうだけど、自分の考えを伝えることはできそうもなかった。いわゆる一方通行なテレパシーだったが、それでも持っていて損はないと思った。
　英語の授業の始まる前、友達に用事があるようなふりをして中沢さんの近くに歩いていった。そして気持ちを一つに集中させてみた。けど、目の前にいる友達が考えているらしいことが、キンキンと頭に入ってくるだけで、中沢さんの考えてることは、ほとんど伝わってこなかった。ただ、ボリュームが少しずつ大きくなってきている気はした。そのうちに、きっと離れていても使えるようになるだろうと思った。できることならコントロールもついてほしい…と思っていたら、それも一緒に身についてしまった。まったく都合のいい能力を持ったものだと思う。僕なんかに使わせるのはもったいないくらいだとさえ思った。
　その夜、最近よく見る夢を、また見てしまった。大学に入ってから特に見るようになった夢だ。テレパシー能力を「授けてくれた」人が出てくる夢。僕の創造力が貧弱なせいかもしれないけど、その人からはオーラが出ていて、いわゆる神様みたいな雰囲気だった（神様が超能力を持っているとは限らないが…）。夢のストーリーの展開は、いつも大体同じで、すぐに終わってしまう。ただ変わってきていることは、終わりのほうのぼやけた部分が少しずつはっきりしてきていることである。もう少しで、何を言ってるのか分かる気がするのだが、何かテレパシーを使うときの注意らしいということ以外には、今のところわからなかった。

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